ピエタ/紅月
 
わたしが物語をかたりはじめるたびにこの街には長い雨がおとずれ
る、いっそここが翡翠色の海ならばわたしたち鱗をもつ魚で、感傷
じみた肺呼吸をやめられるのですか、浸水した教会の礼拝堂で素足
のまましずかに泳ぐあなたの、白髪は重力に逆らいながら天へと伸
びてゆく、延びてゆく、ひとでなくなったあなたの御名はくちびる
による発音が出来ないから、筆記として、「ゆぐどらしる」と記す
ことにする、記すことにしたわたしたちは腕のない魚だからそれを
記す術がない、(「ゆぐどらしる」は、深海を射抜く幾筋の月光を
受け、銀に蛍光する梢をゆらゆらと細かく震わせる、水底にも風は
やまないって知ってる?)浮力
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