呟き 詩と世界の等価性のことなど/るか
 
から歓迎されうるような人格者など思いあたりはしない。真理ないしポエジーの私的な追究が本来全くのエゴイスティックな欲望から生じているだろうことを思えば、それも、驚くにはあたらない。


そういう訳ではあるが、私の現代詩批判は極めて限定的であって、詩など各人の趣向、自由に従って書くのでなければ仕方がないし、好んで読みはしないが、既往の詩もそれが本当に満足のいく形態ならば、好きに書いて欲しいと思う。私が夢見るような詩人が現れてくれないのは、必ずしも彼らのせいではないからだ。ただ、その流れがより豊かで正当的な芽を潰してしまうような現実がもしあるならばそれをおそれる。一つの支配的様式は、必ず他の可能性を抑圧してのみありうるだろうからである。
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