根と血、うつほ、プレーローマ/るか
、近代文学のエクリチュールとして、その文体と言葉のなかを脈打つポエジーとを呼吸するように読んでいたように思う。
中上健次の小説的営為を取り沙汰する場合に必ず避けては通れないのが、80年代を境とする、路地の消失、それに引き続く、ソ連の自壊による冷戦体制の終焉という世界史的「出来事」、そこにおける中上作品の質的な転換あるいは動揺といったことだろう。
この時期に、確かに失われたある種の意味性あるいはデイレクションがあり、それはいわゆる文学のいくつかのフレームを確実に押し流してしまった。
勿論、このフレームを、ロラン-バルトに倣って、"神話性"と呼ぶこともできる。
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