くじら帽子のおんな/草野大悟
ヨシキリザメが泳ぐ
ちいさな町の
ちいさな家の二階に
海はひそんでいる。
右手で白い幅広の帽子をおさえ
車椅子にのったおんなが
吹き荒れる海をみつめて
V字に固まった左腕と
尖った足とで
待っている。
何光年も待って
過去のすべてが
けっして戻らないと知った夏
おんなは
話すことも食べることも立つことも笑うことも捨て
風の鳥になって
深さもしれない自分のなかの海へと
飛びたっていった。
青が笑う空のかなた
おんなが
いつも被っていた帽子が
虹色の潮を吹きながら
風の鳥になったおんなを
きょうも
さがしている。
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