何もないのに/殿岡秀秋
何もない
やるべきことが何もない
ぼんやり庭を見ている
小学校入学前で
幼稚園に通っていないぼくは
兄たちが学校に行っていて
遊び相手がいなくて
やるべきことが何もない
ぼんやりしている視線の先に
見えているのは庭
竹が生えている
笹の葉がある
無花果の木がある
秋のはじめで実がなっている
しかし見ているのは
庭ではない
庭とぼくとの間の
カーテンのような透明な仕切り
の中を見ている
ぼくがこしらえた
自分だけの空間
を見ている
そこには何もない
大人になって
働いているから
今日やるべきことがあって
いやなこともあって
なんだか忙しくて
こんなことのために生きているんじゃないと
数十年も思いつづけている
本当はやるべきことなどないのだ
幼いころの自分に還って
ぼんやり
自分が作った空間をながめる
そこに浮かんでくるのは
夏祭の屋台の金魚だろうか
それとも初めて手をつないだ
あの子の汗ばむ掌だろうか
何もないのに
何かが現れてくる
幻がぼくなのか
ぼくが幻なのか
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