盆の列車/草野春心
 
  

  八月、湿り気に膨らんだ夕暮れどき
  片田舎の駅に停まった盆の列車は
  沢山の人いきれと垢の臭いと
  目には見えない透明な虫とを一緒くたに載せて
  間もなく動き出そうとしている、時刻どおり
  是非もなく、都合どおりに
  隣に座った老人の手元を覗けば
  グリニッジ標準時について書かれた本の頁が
  微かに開いた窓から吹き込む風に揺れ
  私は、私の心の左端あたりが
  黄色く濁ってゆくのを感じとる
  盆の列車はしずしずと動きはじめ
  サンダルの擦れる音はまるで溜息のよう
  鬱を感じない人生など
  皆とうの昔に諦めてしまっていて
  今夜もカギ括弧をせっせとこしらえ
  明日はその内側に言葉を移植する
  闇のなかで蛾のように飛び回り
  探しあぐねた魂の形
  それでも胸のうちにきっと誰もが
  終わることのない祭りを燻らせている



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