ポケットの中に/小池房枝
 
には

それにその時
わたしのポケットには貝殻があったので
小さな貝を渡して
そのひとの片手にぽとんと置いて
ご自身ですか?ご家族ですか?と
私は私が患者です、と
おせっかいだったかなと思ったら
泣き崩れられた
手を握りしめられて

うん、うん、わかるよ、わかります
などとは言えない話がある
とてもじゃないけどそんなこと言えない
だけどこちらも同じこと
互いに互いの話をして
やっぱり私は最後には南の海の話

ちいさな貝殻
転院先の枕元に置いてお守りにしますだなんて
そのへんにポイしちゃって下さってもと答えた
土の栄養の足しになりますから
それはそれでまた何かの巡りの一つですからと

ほんとうは貝殻は
貝が生きていたことの証
貝の形見
でも、きれいでしょう?

いつもポケットには
何かをいれて持っておこうかと思った
冬ならのど飴
夏なら小さな白い貝殻

何もなくても
何か
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