ある母と子の境地/吉岡ペペロ
 
四谷のルノワールの2階で母に会ってから十年がたつ

立派になったわたしを見つめながら珈琲を飲む母が

そのときはたまらなく悲しく寂しく辛かった


今朝からの豪雨がいまは晴れている

今朝からの豪雨にわたしは

幼い頃のじぶんの号泣をかさねていた

泣いてしまって、ごめんなさい、

泣いてしまって、ごめんなさい、

わたしは母にそう謝りながら

自らの手で自らの頬をたたいていた

母はそのときなにもしてくれなかった

母はそのときなにもしてくれなかった訳ではない

豪雨のあとの晴れた空のようなものを

いつか訪れるかも知れない母と子の境地のようなものを

じっと黙って見つめていたにちがいない

それがあの十年まえの一組の母と子の語らいであったことを

わたしはいまようやく気づけたようだ


四谷のルノワールの2階で母に会ってから十年がたつ

立派になったわたしを見つめながら珈琲を飲む母が

そのときはたまらなく悲しく寂しく辛かった





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