父の手/小川 葉
不意に、息子がおれの手を握った。
思い返すと、おれが父の手に触れたのは、三回、その時を、今でも鮮明に覚えている。
はじめて父に、釣りに連れて行ってもらった時、土を掘って、ミミズを捕まえた。その時、汚れたおれの手を、綺麗になるまで洗ってくれた。浅黒い父の手が、生白いおれの手を、力強く握りながら、綺麗になるまで洗ってくれた。
もうひとつは、父が気まぐれのように、ある日、おれの爪を切ってくれた。ヤスリもかけてくれて、おれの爪はピカピカに輝いていた。
最後に、死んだばかりの父の手を、握った。
ゴツゴツしていて、ザラザラしてるのに、まだあたたかい、包み込まれるような手を握りながら、この手でおれたちを、包んでくれていたんだと、その時思った。
不意に、おれの手を握った息子。
そんなに簡単に、父の手を握って良いのだろうか、と思いながら、息子の手を握り返した。
今はない、父の手を握るように。
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