ミナモ/mugi
るというのに、わざわざひろった傘をさす必要も
ないのに、耳元で、演説の声がにわかに熱をおびる、男は左右を確認して車道をわたる、雨にうたれな
がら、犬はじっと男のあしどりをながめている、傘は、大粒の雨をうけ、そのたびにビニールのたわむ
振動を、男の左手に伝えている、雨音はすこしもきこえなかった、カナル型のイヤホンは外部の音を遮
断し、いやおうなく意識を聴覚に集中させる、コンクリートの壁をはう、ナツヅタの淡い色づきや、濡
れたアスファルトのにおいを、男の意識からとおざけてしまう、胎児は、外界のことを見ることはでき
ないが、聞くことができる、聴覚は視覚に先立って世界を構築する、見えることと、
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