吉本隆明『芸術言語論』概説/石川敬大
 
だ。自己表出と指示表出を、縦糸と横糸の巧みに編まれたものとして横光利一やドストエフスキィの作品を例示するのだが、自己表出をシカトし疎外して、指示表出であるコミュニケーション言語を、ポップで明るくウケの良いものと全面肯定するのが現代・現在の文化的風潮であり、合理主義・ファンクショナリズム(機能主義)を価値あるものとするのが、現在進行形の経済中心の社会原理ではなかったか。吉本の戦闘アイテムであった経済原理と、戦時中「詩は遺書として」と考えた文学青年・吉本の、自己表出である沈黙との間にあった遠い射程、その距離の広大な沃野こそ吉本〈学〉の業績だったし、極論すれば、思想界のみならず社会的な名声は、吉本をして数少ない芸術・文学に対する擁護者、いや両サイドに軸足を置いた文化人だったと言えるのかもしれない。戦後、かれの言説の出発点に『転向』問題があったが、それは敗戦前、主戦主義者だった吉本自身の問題でもあったし、吉本〈学〉の暗い闇の原点は「精神と生活のどん底」の時代にこそあったのだと言えるだろう。

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