ブエノスアイレスの夏/吉岡ペペロ
 
バンドネオンの演奏を初めて生で聴いた。

黒い直方体の蛇腹を拡げたり縮ませたりしながら、

左右ともに30以上あるボタンを押して演奏するその楽器は、

習得の難しさから悪魔が発明した楽器と呼ばれているそうだ。

楽器が、奏者が、暗い魂を身もだえさせる。

不協和音が、運命を急かせている。

なにを刺激し、酔わせるのか。

朴訥な物悲しさが、宿命に黒い火を燈す。

ねばる哀切が、足先にリズムをとらせて、

楽器の、奏者の、暗い魂に魅入られている。

ブエノスアイレスの夏という曲だった。


宇宙の闇にひとりぼっちだ

剥き出しの魂や運命や宿命


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