感覚記憶/salco
 
春の音がする
表通りを過ぎる車の音
自転車のベル
子どもの笑い声
前景の音が滲んで柔らかく
遠くの音がよく聞こえる
カシャーン、カシャーン
どこかで鉄骨を打つ重機
パタパタパタ…
小気味よい発動機
聞いていると眠くなる

管から落ち
ポリバケツに溜まる腹水と
薬品の混ざった甘ったるい
不思議な匂いが濃い病室で
もうすぐ攫われて行く母は
モルヒネの黄色い点滴に眠っていた
元気な頃のイビキ朗々もなく
餓鬼さながら膨れた腹部は固く
肋の下から拳のような肝臓が触れた

まるで見計らったかのように
目覚めている間に来ては
看護師が手際よい世話をする
若い母親
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