ケ・セラ・セラ/渡 ひろこ
 
ラリと言う


湯煙りの中、母の口から
ドリス・デイの歌がこぼれる
「ケ・セラ・セラ なるようになるさ」
終戦直後、京城から引き揚げてきた時も
そんなふうに苦難をかわしてきたのだろうか
もう一歩高みに踏み出すことも煩わしくて
我がままな父と連れ添うためにも
この呪文でやりすごしてきたのかもしれない
 

ねじれた螺旋構造は私にも受け継がれている
旬を過ぎた返信の溜まり水に溺れ
吐きすぎた言葉の残骸に顔を覆っても
最後はケ・セラ・セラで葬り去ってきた


いま、目の前にある
ふたまわりも小さくなった背中が
なすがまま
流れに身をまかせてきた果てを
無言で諭す


窓からの陽射しが

立ちこめる湯気と肌をさらに白くする

湯上がりの母は

ふっくらした梅の実となって笑った







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