若さ/草野春心
 


  夕方の台所で
  君を抱きしめた
  つらいことが沢山あったし
  他にどうしようも無くて



  火にかけたアルミ鍋から
  醤油の優しい匂いがただよい
  嗅ぎなれたシャンプーの香りと
  胸にかかる吐息の温さで
  結局のところ僕は
  もっとつらくなるだけで



  夕方の台所で君は
  言葉ひとつこぼさず
  笑みと
  哀れみと
  蔑みを
  両手にしまいこんで
  それを僕の
  腰のあたりに巻きつけていた



  物言わぬ僕らの代りに
  棚にしまわれた皿たちが
  くすくす笑うのを聞きながら
  僕は



  年をとっていった
  弱くなっていった
  優しくなっていった
  卑劣になっていった
  僕は
  夕方の台所で
  君のことを




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