魚の群を追いかけて/ただのみきや
 
から短いことばをやりとりした
  
   「白鯨を見たか」 

そんな冗談に笑ったかどうかもわからないが

  「おれたち漁師はもう
    港へは戻れないから」

誰かがそんなことばを投げてよこしたこともあった

幾千の昼と夜を繰り返したことか
自分の体に起きている緩慢な変化が
老いであると気づいてから もう久しい
情熱だけはあの日のまま いや 
むしろ熟成された葡萄酒のように魂を酔わせていた

しかし最果ての海域で
魚の姿を見失った夕暮れ時には
ふと恐れにも似た感情が船底のネズミのように震え出す
赤黒い太陽が海に沈み始めると
海水は煮え滾り高熱の水蒸気が嵐となる
太陽はますます黒い塊となり没し行き
まるで地獄を連想せずにはいられない
そんな夕暮れに 思うのだ
 
 ずいぶん遠くに
  来てしまった と 


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