魚の群を追いかけて/ただのみきや
 
エイハブの 煮えたぎる執念はない
サンチャゴの 生業における死闘もない
ただほんの一瞬
銀色の飛沫 宙に身を躍らせた
美しい魚の姿
七色の光の欠片をまき散らし
碧き海原に滑り込んだ
海の魔物のその顔を
間近に
この腕の中に見つめたくて
船出をしたのだ 果てしない海原へ

油絵のように塗り替えられる空の下
帆はたわみ 時は駈け続ける が
あの日以来 懐中時計は止まったまま
ただ 夢中で追い続けていた
白く泡立つ軌跡を見せたかと思うと
潜っては紺碧を飛ぶ緩やかな影となる
その 後ろ姿を

時折 同じように魚に魅せられた
顔無しの漁師たちと出会っては
遠くから
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