遠ざかる 音/いねむり猫
気付くと カウンターに 一人の男が座っている
いつ 店に入ってきたのか 気付かなかった
店の主人も 何も声をかけなかったはずだ
男はただカウンターに座って グラスをなめるように飲んでいる
うつむいた顔を見ることはできない
嵐のただ中を 店に やってきたのだろうか
着たままのコートから 雨が滴っている
そういえば 店の主人が 古いブルースを流したのは
この男のためだったのかもしれない
遠く渇いた記憶に かすかに届く
霧雨のような 淡い問いかけ
古い友よ
無口な私は 同じ酒の名前しか つぶやけない
つまみは 適当に出てくる
鏡に映った自分の姿を 横目で見ながら
深夜の時間は いつまでも すすまない
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