屠殺場/草野春心
 


  降り続いた氷雨の残り香と
  幽かな血の臭いがたちこめる
  その日の屠殺小屋は静かだった
  赤い肉がまだ少し残された
  一頭ぶんの、豚の外皮だけが
  壁にだらしなくぶら下がり
  ブリキのバケツがその足もとで
  何かを待つように佇む



  ランタンの黄色い灯りを頼りに
  男はいつもの椅子を探す
  そこに深く腰を掛けて
  夜通し、分厚い本を読むことが
  彼のささやかな楽しみなのだ
  鉄が溶けて腐ったような
  生温い空気を吸い込みつつ
  古い書物をさらさら捲り
  小屋の外に繁茂する針葉樹がたてる
  鋭利な物音に、時折耳
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