すばる/木屋 亞万
 
ブッ
「意外といえば意外でしたが、まあ平凡の範囲内でしたな。また次の恋が訪れましたら、お目にかかることもあるやもしれません」と、唐突に虫が別れの挨拶をし始めた。僕はもう耳以外はすっかり眠りについていて、閉じた両目は夢の風景を覗き見し始めている。
「あとこれは可能な限りで良いのですが。不注意で虫を踏まないように意識して、これからも暮らすようにしてくださいな。そうすればたとえあなたが地獄に落ちたとしても、天から虫の助けが降ってくるというものですよ」
翌朝、目が覚めると、虫がいた気配は部屋に微塵も感じられなかった。何か目印をと思い「虫の報せは春に届く」というメモを机に貼り付けて置くことにした。次はもう少し月夜の明るい晩に来ればいい。そうすればもう少し、起きた頭で虫の顔を見ながら話が聞けるというものだ。次こそは本当に恋愛をできる相手が女神であれば良いなと思いながら、すばるはそっと部屋を出た。
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