奈落のひと/恋月 ぴの
 
顔見知りの男が死んだ

いつも何かにイラついていて
斜に構える自らの姿に酔いしれていた

そんな一人の男が死んだ




よくある話しだけど
おんなが二人いた

別れた奥さんと
男の最期を看取った内縁のひと

別れた奥さんの脇には小学校低学年の兄弟
幼い長男が喪主だった




埋めようとしても埋められなかった
甘ったれのごうつくばりで
欲しいものを手に入れずにはいられなかった

優しい言葉と執拗な暴力で
おんなの一人や二人は意のままに動かせたとしても

自らの人生まで意のままとすることは叶わず
果てに投げ出した負け犬の命

遺書らしき手紙に記された男の想い




むりやり引き伸ばした遺影
ゆがんだ口元は許してやるよと微笑んでいるのか

死人にくちなし

内縁のひとは日陰者を演じきろうと
受付の片隅で息を潜め

男との同居で失ったものを少しでも取り返す魂胆なのか
自殺者の葬儀などに訪れるはずも無い会葬者を待つ




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