器官なき身体の覚書/イリヤ
 
もし充足な自由というものを経験していたのなら、私は詩に鮮やかさを感じたりはしない。分裂分析(スキゾアナリーズ)はいかなる命名をも拒絶する。たとえば分析家のメラニー クラインが患者のリチャードの画く地図の作図法をオイディプス図式にあて嵌めたように、名づけとは精神分析の超コード化した文脈に対象をあてがうことで満たされる聖書神秘解釈的(アナゴジック)な乳房なのである。いま求められているのは、表現ではなく方法である。多様化、統一化、全体化、集団化に根づく文化的一つの線(トレ・ユネール)である“複写”を、イマージュに翻訳されてしまった“地図”を、ほんらいの“地図”へと再翻訳することである。
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