妊婦と赤い飛行機/草野春心
 


  正午ぐらいに
  この公園の上空に
  赤い飛行機がやってきて
  幾つかの小石を落としてゆくのを
  その妊婦はじっと待っている
  背板にコカコーラのロゴが
  描かれたベンチに座り
  携帯電話をいじりながら



  昨日の夜、鍋を火にかけたまま
  育児雑誌を捲っていた
  遣る瀬無いソファの弾力に
  重たい体を、ただ沈めて
  もう誰も帰ってこなければいい
  もう何も手に入れたくはない
  そう思いながら妊婦は
  タイマーの音ばかり気にしていた



  九月の風が腹を撫でる
  彼女は思わず携帯を閉じ
  右手でその部分をさすって
  ささやかな温もりをかぶせる
  そのとき赤い飛行機がやってきて
  幾つかの小石を落としていった
  降りそそぐ灰色の一群を眺め、妊婦は
  意外に大きなものだなと思った




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