夜中のピアニスト/緋月 衣瑠香
 
ずにいたから

でももう大丈夫
あなたはあなたのもう片方の手首を掴んでいるあの子の手首を掴んだから
私はあなたを放さなくてはいけない
そうしたら あの子があなたを両手で温めるから
だから
あなたはあの子の手首を掴まないで
あの子と手を繋ぎ合って

私の白い手
久々に鍵盤の上にのせてみた
でも
私はアイネ・クライネもドナウも満足に弾けなかった

ねえ 夜中のピアニスト
私聴きたい曲があるの
一曲弾いてくれるかしら
ショパンでもリストでもなくて

そう ベートーヴェン
ピアノソナタ第十四番「月光」の第三章

画面越しのピアニスト
舞台照明に照らされたその
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