ラプンツェル/愛心
彼女の視界にはきっと、彼女の世界が広がっていて。
それが、全てなのでしょう。
一度だけ、僕は彼女の、
ぽつり、呟きを耳にしました。
『待ってるの』
歌声とかけ離れた、蚊の鳴くような声で。
思わず顔を仰視した僕には、彼女の瞳がいつもより、心なしか濡れていたように思いました。
その時初めて。
彼女が歌うものに、幸せな詩がないことに気づきました。
僕は彼女を見つめました。
言葉の礫と、囃す声。
なにも、感じない。聞こえない。
そして、気づいたのです。
彼女の目の端が赤いことに。
眉尻が下がっていることに。
口許に青い痣があることに。
頬の形が左右歪んでいることに。
長い髪の隙間。
まともな色をした肌がないことに。
嗚呼、嗚呼。
抱き締めた僕に、縋りつく斑のかいな。
腕の中で、彼女は赤子に戻り。
人間に生まれて、泣きました。
『待たせてごめんね』
僕も盲目だったのです。
[お迎えにあがりました、お姫様]
[グループ]
戻る 編 削 Point(5)