ラプンツェル/愛心
 


彼女の視界にはきっと、彼女の世界が広がっていて。
それが、全てなのでしょう。

一度だけ、僕は彼女の、
ぽつり、呟きを耳にしました。

『待ってるの』

歌声とかけ離れた、蚊の鳴くような声で。

思わず顔を仰視した僕には、彼女の瞳がいつもより、心なしか濡れていたように思いました。

その時初めて。

彼女が歌うものに、幸せな詩がないことに気づきました。

僕は彼女を見つめました。

言葉の礫と、囃す声。
なにも、感じない。聞こえない。
そして、気づいたのです。

彼女の目の端が赤いことに。
眉尻が下がっていることに。
口許に青い痣があることに。
頬の形が左右歪んでいることに。
長い髪の隙間。
まともな色をした肌がないことに。

嗚呼、嗚呼。

抱き締めた僕に、縋りつく斑のかいな。
腕の中で、彼女は赤子に戻り。
人間に生まれて、泣きました。


『待たせてごめんね』


僕も盲目だったのです。





[お迎えにあがりました、お姫様]


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