氷雨の日、一頭の小熊を吐き出す/草野春心
脊髄に刺し染みるような
氷雨の降る土曜日
灰色のレインコートを着た老婆が
僕の口に腕を突っ込み
ずるずるずるずると
一頭の小熊を引き摺り出した
アスファルトの上に転がった
小熊はとうに息絶えていて
腐敗は始まっていなかったものの
湿った厭な臭いがした
老婆は着ていたコートを脱いで
小熊の骸に覆い被せ
中国語の歌をうたいながら
その場を立ち去ってしまった
体の何処かがむずむず痛み
それが何処かはわからなかった
放心しきった僕の前では
いつしか氷雨らしさを増した
氷雨が小熊を溶かしてゆく
黒く、黒く
どろりとした水溜りへ
それを一台のタクシーが撥ねると
僕の全身は小熊まみれになってしまった
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