引き出し/森未
 
寝転がってかいだ土の匂い
イチョウのじゅうたんを踏む音
冬を呼ぶにじんだ雲が浮かぶ空

「覚えていますか」

誰かと同じだった歩く早さも
いつの間にかずれて響きだす

”忘れよう”
そう思ったわけではなくて
リズムも
音色も
違う世界に
慣れてゆく
愛していた日々を
いつのまにか振り返らないようにして
慣れてゆく


ゆれる電車、
流れる景色、
吸い込まれる意識。

世界は流れている
その一部で
ただ一人
今日わたしがいなくなって
あの子が泣いても
流れは止まない
体の中の小さな小さな細胞が一つ死んだくらい
息し続けることができるみたい
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