三月のエスカレーター/草野春心
 
  見えないところまで
  鳥さえも飛んでいない
  言葉ひとつ響かない
  遥か遠いところまで
  運ばれ、僕はそれをずっと
  眼で追っている
  白い雲が流れてゆく
  ここからではわからないけれど
  きっと、物凄い速度で
  もたもたするなよ
  つぎはおまえの番だぜ
  誰かが
  そう繰り返し



  僕は
  静かに首を横に振る



  そして、再び
  駅への道を歩き始める
  何処へゆくあてもないけれど
  影を、永久に喪った
  頼りない足で
  僕は歩き始める
  三月の
  まだ、少し肌寒い日
  僕の
  影よ、
  何処へでも行くがいい
  青空を見れば
  ……見ることができれば
  光が、いったい何処から差しているのか
  それぐらいは
  はっきりとわかるから
  僕には
  それで
  充分だから




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