三月のエスカレーター/草野春心
 
段に足をかけようとした
  何処へ行くあてもなかったから
  けれども、その前に
  僕の影が階段に落ちたとき
  影だけが僕の足もとから切り離され
  エスカレーターに乗って
  上昇を始めてしまう



  ごとごと、
  ごとごと、
  それはゆっくり上昇してゆく
  僕だけが
  地上に取り残される
  影は
  初めは平べったく段に這っていたが
  やがてむくりと体を起こし
  黒い人形のように立ち上がり
  こちらを振り返って
  エスカレーターの前で立ち尽くす僕を
  じっと見下ろす
  僕はかれを仰ぎ見る
  かれは僕よりも少し大きくも
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