聖域/草野春心
 


  君からの
  たっての願いだった
  僕は右手で黒ボールペンを握り
  左手で君の口を開き
  頬の内側の
  赤く柔らかな肉の上に
  文字を刻んでゆく
  インクがつくはずもないので
  傷をつけるようにして
  刻んでゆく



  いつかの秋の
  昼下がりの
  どこか密閉された場所での話だ
  ながい髪を後ろに束ねた
  君がパイプ椅子に座り
  僕がその前に屈みこんで
  作業をおこなっている
  初めはほんのジョークだったのに
  奇妙な思考回路と
  奇妙な会話の応酬の末
  君はそれを
  真剣に望むようになった

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