水の間(あわい)/ゆべし
 
笑みには年寄じみた狡さがにじんでいる。初めて会ったはずなのにどこかで見たような気がするのはなぜだろう。

「メビウスの輪よ」
「どちらが本物なの?」

表と裏。男と女。大人と子供。老いと若き。単数と複数。夢と現実。

「眠りの中の眠り。夢の中の夢。合わせ鏡と同じさね。本物を探そうなんてくたびれ儲け」
「でももし鏡なら」
もし鏡ならば本体はひとつだ。
そう言うと彼は小馬鹿にするように笑った。
「そもそも、本体だと信じこんでいるあなた自身が偽物かもしれないわ」
「ぼくは本物じゃないの?」
「証拠は?」
「…ない」
「ほれ、ごらん。考えるだけ無駄なのよ」

――寝ても覚めても夢の中。どこへも逃げられやしないわ。
歌うように言って彼は目を閉じた。
おちょぼ口から小さなあぶくが生まれては死んでいく、ささやかな音がする。

――ところで

眠る彼に、音もなく囁いた。

――君って僕だよね?

さあね。

応えたのは彼の声か、ぼくの脳か。



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