前奏曲/メチターチェリ
 
京都行きの高速バスの中から窓の外を眺めていた
水色の空に、バケツの水をこぼしたような薄くくぐもった天気は、近く雨の気配を漂わせていた
褪めた空は高速道路の風景の無機質性をいや増しに強めているような気がした
ぼくはトルストイの『悪魔』を開いていて、ふと酔いの予感を感じると文庫を閉じて窓外に目を転じる
そんな読書をしていた

春休みにほど早い平日の車内は乗客がまばらだった
後ろの席には誰もいなかったが、ぼくは座席のリクライニングを倒す必要をいつも認めない
メモリ・プレイヤーのイヤホンはドビュッシーの『ベルガマスク組曲』を奏でていた
「前奏曲」を三度続けて聴き、ようやく「メヌエット」に
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