父と子/ゆべし
狼が疾風となって駆けるのを
ぼくはただただ見送るばかりだ
(ぼくには強靱な脚がない)
狼が鋼となって獲物を狩るのを
ぼくはただただ見守るばかりだ
(ぼくには牙がなく爪もない)
狼が低く大きな月にがなるのを
ぼくは遠音に聞くばかりだ
(ぼくには理想がなく信念もない)
産女の腹ほどに腫れた月は、狼の頭上で割れた
赤い粘液が降りかかる
濡れそぼった尾の先から耳の先まで、灰色の毛が波打った
「息子よ」
彼が呼ぶ
「私に続け」
ぼくは必死に逃げるばかりだ
(ぼくには理想がなく信念がなく)
はみ出しそうな胸の鼓動に彼の足音が重なる
(爪がなく牙がなく)
荒い息遣いが耳殻を舐める
(強靱な脚がない)
月の体液を浴びた槍が
ひといきに喉を貫いた
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