「黄金虫」のいる時/麦穂の海
 
熱帯夜が明けた
翌朝の駅前通り

ハンカチを頬に押し当てながら
駅へ向かう街路樹の下に

無数のセミが落ちていた

電車を気にする私や
数歩先を歩くYシャツの人の
慌ただしい靴音が

その静かな物体を
ぬうように
よけていく

生の急ぎ足が踏みならす道の脇に
死んだ生き物の
静かな時間が残されていく

私はそのまま中央線にゆられ
ギラギラ光る屋根と
その上の青空をみながら

昨晩のセミたちの
秘められた熱い夜を思っていた



私が一人で寝苦しい夏の夜を過ごした晩に
あのセミたちは
燃えるような生命のいとなみに
ふけっていたに違いない
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