玄関/花キリン
玄関の中には母が待っている。大きな声を出し始めたので、急いで玄関の扉を開けなければならないのだが、鍵が見つからない。ぽっこりと膨らんだ小銭入れの奥深くにしまい込んでいるのだが、慌てているから手許が狂うのだろう。
玄関など誰が作ったのだろう。でも玄関がないと母は出て行ったまま帰ってこないから、やはり玄関は必要なのだ。そんなことを考えながら玄関の鍵を探している。いつもなら簡単に取り出せるのだが、今日はどうしてなのだろう。
玄関の中で母の声がだんだん大きくなってくる。隣近所のこともあるし、 静かにね と玄関越しに諭すのだが効き目がない。ああそうなのだと気がついた。両手には買い物袋がぶら下がっているから、私の手は小銭入れの中に届いていないのだ。慌てて買い物袋の手を一つ放そうとするのだが、利き腕が右か左か忘れてしまった。どうでも言いことをこんな時にどうしてと涙がこぼれてくる。ドンドンと玄関を叩く音と母の声が交じり合ってくる。やっと小銭入れの奥深くの鍵に手が届いて、鍵の感触を思い出したら、母の声が静かになった。
もしかすると玄関の中に私がいて、玄関の外に母がいるのかも知れない
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