静粛/伊月りさ
 
 小蠅を優しくつぶした
 初めての五十匹目です
 ひとさしゆびの先端で
 薄い壁の向こうがわの
 恋人も眠り続けたまま

サンダルの隙間に砂が
ちくっとしたことを思い出す
切腹よりも
投身よりも
わたしの指先は死ななくてはいけない

買ったばかりの月刊誌の往来は
あまりに速度違反に思え
追えない時間を味方に
ふと生まれたときから
独立していた埃

つぶしても
つぶしても
この視界がゆるせなかったのか
つぶしても(パン!)
…ぱん(挟みこんでぐっとおさえつけるのがコツ)

 疲れ果てた恋人たちの
 陰で髪を咀嚼している
 ゴキブリの子どもたち

[次のページ]
戻る   Point(2)