遺書にはならない足跡/セグメント
 
る程度は抑制出来るのだから。小説や随筆の執筆、友人との外出や電話、読書、映画鑑賞など、したいことが思い浮かび、実行出来るのだから。その点では私は恵まれたと言えるだろう、自らの性質にも、友人の存在にも。だが、不定期的に繰り返しては治まりを続けている、この五年間という時間に私は疲弊してしまっている。たとえ落ち着いても、どうせまたいつしか死にたいと思うほどに落ち込み、泣き、訳が分からなくなる瞬間や時期が来るのだろうと思うと憂鬱極まりない。それでも今は、作家になりたい自分を捨て切ることが出来ないので、こうして何とか生きている。

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 相変わらず騒音はなくならない。思うに、私がこんなにも疲弊しや
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