稲妻/草野春心
 

  裸体のきみしか思い出せないことが
  きみがどんな服を着て
  どんな街を歩き
  どんな笑みをうかべ
  どんな言葉を喋り
  あるいは口ごもり
  どんな思いをかかえていたのか
  これっぽっちも思いだせないことが怖い
  僕は畏れる
  無防備だ



  世界にはたくさんの場所があり
  たくさんの営みがおこなわれている



  やがて
  僕は眼を開く、そして
  どこか遠いところで
  雲ひとつない青空の下で
  幾つかの棺が静かに焼かれてゆくのを感じる
  朴訥な詩人だった男は
  鋏を動かすだけの
  取るに足らない男にすぎなくなる
  それでも稲妻のひびきは
  消されることなく
  ここに刻印されている




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