[小さな風]/東雲 李葉
 
は6階建て。
私は高いところが好きだった。
母がいつものように歌いだす。


小さな風はどうしたの


不意に、その風はどうしたのだろう、と幼い思案の食指が伸びた。


鈴虫さんに道聞いて


やめてよ、お母さん。


迷子になってしまったの


そんな悲しいこと言わないで。


明るい続きを考えるにはあまりに言葉が足りなくて。
ただ、しがみつくことしかできなかった。
泣きじゃくる私の背中を母は優しくたたいてくれたけど、
あそこでもし笑っていたら、夜空に投げ出されていたんじゃないか、って、
今になってそんな確信がある。


暦の上では秋のこの頃。涼風が夕暮れを吹き抜ける。
お母さん。お母さんになるって大変だよね。
私のお腹は空っぽだけど、お母さんの中には何か詰まっていますか?
弟を産み落として満足でしたか?


「私を追い出した後にすきま風が吹いていませんか?」
期待するだけ無駄だからまだしばらくは迷子でいよう。


もうすぐ鈴虫がなきだします。
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