履歴書/佐々宝砂
なったので身軽だったが
やっぱり世界は半分しかなくて
しかもその半分はカインとリリスのせいで
つまりは私のせいで荒らされていた
焼け焦げのある材木にすわり
アダムの家を懐かしんだがもう遅かった
どうしたらいいか全然わからないから
昼は昼で雲の流れをみてすごし
夜は夜でうつりかわる星をみていた
どのくらいそうしていたかわからないけど
あるとき廃墟の埃をまきあげながらあなたがやってきた
あなたは誰?
さあわからない。
きみは誰?
忘れちゃった。
天文部の部室で煙草を吸ったことがある?
体育館の裏手で吸ったことならあるよ。
星がきれいね。
雲もきれいだ。
半分しかない世界であなたと私はただながいこと空をみていた
そろそろ出かけようかとあなたが言う
異論は特にないから
おべんと持ってウイスキー持って
半分しかない荒野をふたりで見渡す
アダムでもカインでもないあなたがいったい誰なのか
ちょっとわかった気がしたけど
あなたには内緒にしておこうと思う
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