黄金探偵/佐々宝砂
 
それは菜種梅雨そぼふる夜のこと。
くすんだ身体を暖かなお湯にひたしていると、
窓から突然に侵入してきたきみが、
左手薬指から一人称代名詞をもぎとった。
ぼんやりした灰色のタイルに転がり落ち、
一人称代名詞はかたい音を立てた。

きみは一瞬呆然としたようだったけれど、
すぐ一人称代名詞を拾って窓から逃亡した。


午後。屋外では太陽が金粉をまき散らす。
でも探偵の応接室は薄暗い。
探偵はやたらに煙草を吸う。
わずかにアンモニアの臭う灰皿。
神経質に煙草をもみ消して、
探偵はこれみよがしにファイルを開いたり閉じたりする。

ファイルの中には十数人のきみ。
黄金仮面
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