孵卵/光井 新
 
ないし、芝居について語る機会もなく、演技のことなど考えなくなった。そのせいか、はたまた病気のせいなのかもしれないが、男という役割さえも而立前にして演じていない。
 元より、ろくな稼ぎも無く生活は妻の実家からの援助に頼りきりという情けない夫だった。が、いわゆる女泣かせの悪い男でもあり、毎夜やに下がり遊び回っては、毎朝妻にくだらない嘘をついて、自分をごまかすことによってなんとか生きようとしてきた。
 そんな世界(、、)での暮らしが幻だったかのように、ここではただ生かされている。本物の役者になり上がることもできず、泥棒にでもなりかねなかった嘘つきが、畜生道へと堕ちたのだ。

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