板谷基雄のこと/板谷みきょう
ようだった。
両の足先まで小刻みに震わせながら
もうろうとした意識の中で廃人のような男に
「お兄ちゃん。具合悪そうだな。」
そう声を掛けた。
一瞬、意識を清明になったように
『・・・おぉっ。みきょーか?
すまん。モルヒネも効かなくて
今日は・・・。』
聞き取り難い小さな声が出て
落ち着かずそわそわとして
視線は宙をまさぐるようだ。
「じゃあ。また改めて来るわ。」
面会時間ったって
1分も無く病室を出た。
お兄ちゃんは、小さい時から
品行方正で
縁の下の力持ちみたいに
陰で支えることばかりを続けてきたけど。
誰にも知られていないかも
知れないけど。
フォークシンガーのボクと違って
板谷基雄は、れっきとした声楽家なのだ。
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