ハンカチ/乾 加津也
 
あ、義父さん
ハンカチを一枚お借りします


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初めて会うひとはわたしのすべてを見透かしたあとに
無学なバイトの若造が生活(いちにんまえ)を語るのかと息巻きながらも
そのこめかみは
糖尿病で自らの余命を慮り
どうせお前らは聞かぬのだろうと
そんな諦めへの剣幕にも感じられました

そして五月
出棺の儀式に
まっすぐ延ばした体に封をして炉のなかへ送られ
(ここはほんとうに小さな処なのですね)

 あの日妻と遺留品の整理を手伝い
 手にした一枚のハンカチ

わたしはといえば
社会という鎖輪に入った日から
人並がわからなかったり 処世でかきくれ
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