誘惑以前/佐々宝砂
 
りんごの花咲くゆうべのこと。

蛇は指環をくれた。
言葉の代わりに指環をくれた。

指環をはめると、
ぐじゅぐじゅといやな音がした。

左手は灰色に変色し、
潰瘍だらけになり、
皮膚はひどく脆くなって襤褸のように裂け、
爪はささくれ内側に食い込み、
腫れ上がった薬指、
血の滲む肉のあいだから、
わずかに見える銀色。

すぐさま蛇に返礼した。

この胸を切り開き、
一本の肋骨を取り出し、
それを環に彫り上げて、
蛇の尾にはめた。
蛇に指はなかったから。

痛みしか感じない糜爛した指先で、
蛇の鱗を撫でる。
蛇の肌は冷たくない。
蛇はわずかな時間で
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