しおまち/亜樹
は、明確であった。
――旦那が戻ってきたのか。
余之介は部屋を降りてすぐに女の元に向かわなかった自分が、ひどく聡明な男のように思えた。
同時に、なにやら安心したような、落ち着いたような心持になる。
水の在り処はようとして知れなかったが、邪魔するのも気が引けた。出歯亀の趣味もない。もとよりどうしようもなく喉が渇いていたわけでもなかった。
いっそ、すがすがしい思いさえ抱きながら寝床に戻ろうとした余之介の足が、不意に益体もない懸念に纏わりつかれた。
余之介自身、馬鹿なことだと思いつつも、一度生まれてしまった疑心暗鬼は消えてはくれない。
――女の旦那は、いつ帰るかも知れないのではなかったのないか。
――結局顔も見てはいないが、もう一人の客がいたのではないか。
――あれは、あすこにいるのは。
――女と抱き合っているのは。
込上げてくる吐き気を無理矢理押さえ込み、余之介は暗い夜道を駆け出した。
けれども、懸念は振りほどけない。
――本当に女の旦那なのだろうか。
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