おんがくのしみ/なかがわひろか
 
壁中に染み付いた
おんがくのしみ
舌先で舐めてみたら
僕の好きな唄や君の好きな唄の味がする

空っぽになった部屋の真ん中で
鼻を研ぎすませる
君と聴いたおんがくのにおいが
僕を満たす

僕はぞうきんを取り出して
壁を天井から拭いていく
僕たちを彩ったおんがくたちを
僕は全部拭き取っていく

バケツいっぱいに搾り取られたおんがくたちは
小さな世界で押し合いへし合い
不協和音を鳴り響かせる

洗面所にバケツの中のおんがくを流し込む
下水に流れたおんがくたちは
川を伝い海に流れ込み
またどこかでその音を奏でるだろうか

何もなくなった部屋を後にして
僕は大きく息を吐き出した

(「おんがくのしみ」)

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