滑るひと/恋月 ぴの
 

(スーツの襟章、どこかで見かけた会社のマークに似てる)

他に席が空いていない訳ではなかったし
トイレのふりでもして車両を移ることもできたのだけど
何故かわたしは旅なれた風情に相槌を打っている

何かしら命じられたならば自ら積極的に応じていたかも知れず

(お嬢さんが近く嫁入りするとかにまで話は及び)

北へ向かうこの快速列車はほぼ定刻通り目的駅に到着するのだろう

(日常を繰り返すとはこのような様に相違なくて)

取り留めのない、それでいて息苦しさを覚える彼との会話に窮し
寝たふりをはじめた膝頭に伝わるのは

減速する車両の重みとあり得ない程のふしだらな想い
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