波よ 波よ/佐藤伊織
 
波に浮かぶ顔、沈んでは浮かび、沈んでは浮かび。

もうすぐ通信が切れる。それは無だ。差し出された手は何から出ているのか。隙間からぬっと突き出た腕。聞こえなくなった救命信号が空き瓶の底で青白い光を放っている。僕は誰と通信をしていたのだろう。最後に何を言ったら良いのかわからなくて、もう、次の言葉が、出てこない。聞こえるか?聞こえるか?何度もそういっているのが聞こえている。それはますます遠く小さく微かになり、僕の耳元で絶叫している。コンクリート一枚隔てた向こう。肌の皮一枚。早く!早く!さっきから腕がひらひらと僕を急き立てる。早く!早く!こっちだ!早く!早く!

ゴォォォォォォォォォンゴォォォォォォォォォォォン

鐘の音が鳴っている。僕の体内から渦を巻いて。何度も何度も。祈り。誰の歌? 鋏で切った。今朝見た肢体が今は笑っている。海。私の。あらゆるものがすべてに等しく等価に。時計は行く。肌の波。ひらひらと。見つけた。すべてが等価に進んでいくのなら。すべてが等価に等しく密やかに、波よ、引き返せ。引き返して。
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