連れて行かない/salco
 

寝る時か、目覚めた朝か。肉厚の裏声で何度も何度も支払額を口にするの
が、まるでその為の言い訳のようだ。取り置きに応じた母の愛想笑いも半
ば虚ろだ。
 ローゼンタールやウエッジウッドをデパートで買わないような人に、ロ
イヤルコペンハーゲンやウェンズレイで客をもてなす気はさらさら無い。
ひと時、そんなつもりを楽しむだけ。だから何の考えもなしに購入を決め
て、同じ軽さで反古にする。言い訳だけを自在に並べ、気が咎めるという
ことは微塵もない。怪物のような神経で生きている、怪物のひと。
 ――お母さんがいなくなったら?
 ふと考えて、家に駆け込む。どうなるの? どうすればいいの? ひっ
そり暗い居間を突きのけるように階段を駆け上がる。動悸の反響で床の感
触が遠のく。自室に飛び込み、震える手で薬を放り込む。
 こんな考えは、すぐに払わないといけない。思い出なんか、ひとつも残
りはしないから。思い出も、ここから一歩も出られはしないのだ。住まう
世界を優しい色に塗り変えてはくれない。時間だけが過ぎて行く。今を蝕
み時間だけが目の前を。

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